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イランのゲイカップルのインタビュー(3)

先日のエントリーに続くイランのゲイカップルのインタビュー、パート3です。このような長文を翻訳してくださったKEIさん、本当にありがとうございました。

パート1 イランのゲイカップルのインタビュー(1)

パート2 イランのゲイカップルのインタビュー(2)

(以下、訳文です。英文はここにあります。)


ゲイとレズビアンの関係はどのようなものですか。

 Kaveh:ごく限られたものです。テヘランでは僕たちが連絡を取って知り合うための手段はインターネットだけです。僕はレズビアンの人とチャットしようと何度もやってみました。知り合いになりたいと言いたかっただけなのですが、彼女たちは疑っていました。マイクで話すか、ウェブカメラをオンにするように頼まれました。レズビアンとチャットしたがる人の多くはセックスを望むストレートの男性だからです。レズビアンの人たちは多くの困難を抱えていました。ゲイのチャットルームにはゲイのふりをしてレズビアンをだまそうとするストレートの人たちがたくさんいました。このためレズビアンの人たちは多くの人たちからのメッセージに返事をしなかったのです。

 Kamran:僕が知っているのは、限られた関係の数人のレズビアンだけです。相手を本当に信頼するまでは、彼女たちは自分を明らかにしません。僕がこの数人を知ったのは、昔からの共通の友達がいたからです。でも一般に、彼女たちは関係を結ぶのにはとても慎重で、大きな制約があります。

 Kaveh:僕たちはレズビアンカップルを見つけて友達になり、ゲイだからといって女性が嫌いなわけではないことを、みんなに知らせたいと思っています。ゲイも女性と一緒に出かけて、手を握ったり友達になったりしたいのです。ゲイは女性に何のこだわりもありません。同じベッドで寝ようとはしないだけです。レズビアンの友達がいれば、親をだますこともできるでしょうね。彼女たちをガールフレンドだと紹介して親と電話で話してもらえば、親も僕たちを疑うことはないでしょう。社会的なプレッシャーがあるため、親にカムアウトはしたくないですから。親たちが、僕らが女性と関係を持たないということを受け入れることはあり得ないのです。

ゲイとレズビアンがまったく交流がないのはなぜだと思いますか。両者が連帯するにはどのような障害がありますか。

 Kamran:お互いをよく知らないからだと思います。レズビアンの人に「どんなセックスをするの」と聞くような馬鹿なゲイに「それは君には関係ないだろ」と教えていけば、こういう問題は減っていくでしょう。レズビアンの人たちはこうした質問をされると動揺します。自分の性的生活をいつもいつも他人に説明したくはないですからね。またイラン社会では女性にボーイフレンドがいなければ、その女性がレズビアンである可能性があります。女性がデートをしない場合、親たちは「とてもよい娘を持った」と言うでしょう。男性の場合とは事情が違います。男性が服装に気を遣い、眉毛を整えて派手な服を着れば、その男性はあれこれ言われるはずです。

 Kaveh:レズビアンは考えが足りないのだと思います。カムアウトしなければ誰にもわかりません。レズビアンの人たちは隠れていることを好みます。ゲイは自分のことを話しますが、レズビアンは一言も話しません。だから多くの人が、レズビアンの関係を真面目なものと見ないのです。ポルノ映画では、レズビアンカップルが出てきても、最後は男性とセックスをします。これがレズビアンに対する人々のイメージなのです。ゲイコミュニティとレズビアンコミュニティの距離が縮まり、もっと連帯できるようになれば、こうした問題の多くはなくなると僕は思います。レズビアンコミュニティよりもゲイコミュニティの方がずっと強力です。レズビアンの人たちは、ゲイと同様にカムアウトして、仲間と一緒に活動するようにするべきです。

お二人はイランを脱出して、今はトルコにいます。現在はどういう状況なのですか。

 Kamran:イランの時のような生活の安定は得られていません。食事の面でも健康の面でもあまり良い状態ではありません。

 Kaveh:こちらに来てからぎりぎりの状況にいます。皮膚はいつもかゆいし。虫のせいかシラミのせいか、何かよくわかりませんが。でもかゆみが激しくて全身が傷だらけでひりひりします。かゆみと痛みで夜もよく眠れません。

 Kamran:全身にはれ物ができたような感じです。医者に行きましたが、薬代が高すぎて二人分のお金を出すことができません。40リール(トルコの通貨)もするのです。1人分の処方箋を手に入れて、薬を半分分けにしなければなりませんでした。でもこれではうまく行くはずもなく、処方期間が過ぎる前に薬は尽きてしまいました。これが僕たちの健康状態です。いかに汚い環境にいるかということです。

 Kaveh:独身者が家を借りるのはとても大変なので、仕方なく他人の家に間借りしています。状況は絶望的で、みなさんに支援をお願いせざるをえません。食事については、ふつうは1日1食だけで、食べたあとは食事と飢えについて考えなくていいよう、一日中寝て過ごしています。

移民申請はどの段階にありますか。

 Kamran:まだ待っている段階です。僕たちは国連に行きましたが、「7ヵ月後にまた来なさい、そのときに面接して事情を聞こう」と言われました。僕たちは体調が良くありません。最後までやり遂げられそうにありません。それまでにきっと恐ろしい病気にかかるか、死んでしまうでしょう。

 Kaveh:国連の人に事情を説明したら、「こっちから招待したわけではない、難民/亡命を認められるのは大変だよ」と言われました。持って来たものはすべて使い果たしてしまいました。あなたたち(IRQO)が助けてくれなかったら、どうなっていたか分かりません。7ヵ月後に国連に行くまでの期間、とても不安定な状況に陥ったことでしょう。今は辛抱して待つしかありません。こういう生活の問題とプレッシャーで自殺を図った人もいるし、同じように待ち続けて数年経ったのにまだ待っている人もいます。強制送還された人もいます。ささやかな希望さえ潰えた状況ですが、待つほかに方法はないのです。

どんな将来が待っていると思いますか。

 Kamran:わかりません。でもイランの誰もが持っている法的権利を同じように享受したいと思います。それほど大それた望みではないはずですが、イランではそれを望むことがとても難しいのです。

 Kaveh:生活面では多くを望みません。イランに40メートルのアパートがほしいですね。そこで僕の愛するパートナーと暮らせるような。朝起きて、仕事場に行き、仕事をして、家に帰ってくつろぐ。それだけです。ボーイフレンドと一緒の静かな生活、ただそれだけです。この夢を実現したいです。誰かを愛したことで絞首刑や石打の刑に処せられるのではなく。


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【ミヤマ】ペガー・ケースは「同性愛問題」である(5)

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以上、ここに書いたことは緻密さをまったく保証しない。その多くはわたし個人の想像力によって書かれたものだ。だから、スコット・ロング氏の主張とは真逆のことをやっているので、かれには怒られるかも。だが、事実に注目すべき側面と、想像力を働かせるべき側面の両方が重要だ。イランの現状については事実追究が必要だが、そこから逃れてきた亡命者たちに対して事実追究の姿勢を貫くことは仇となる場合がある。尊厳を損なわれつづけてきたかれらに対して持つべきは、できる限りの想像力をもって寄り添う姿勢だとわたしは信じている。

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そして、もしできることならば、ここに記したことをペガーさん本人に伝えてみたい。わたしの想像力はかのじょに届くだろうか。あるいは、まったく届かないか、あるいは、かのじょの胸をえぐることになるだろうか。

37(蛇足2)
にしても、米国の「ソドミー法」というネーミングはなんとかならないものか。これは聖書に登場するソドムの町にちなんでいるが、このネーミングを引用しつづけることで、「ソドムの罪=同性愛による罪→同性愛は罪」という誤読を誘導し、同性愛は不道徳であるとする規範の維持・強化に加担しかねない。ソドムの町が滅んだのは、その町のだれもが己の欲望充足を優先させて快楽にふけり、貧者や弱者をいじめ苦しめて助けようとしなかったからである(また、資料批判的な立場からは、ソドムの罪は同性愛ではなく、旅行者保護義務違反との解釈もある)。

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最後に。ここまで考えるきっかけを与えてくれた<声>に、多謝。そして、さようなら。

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【ミヤマ】ペガー・ケースは「同性愛問題」である(4)

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しつこく繰り返すが、ペガー・ケースを「同性愛の問題」と規定することは、イランの政策を批判し、「同性愛(行為)者を迫害するイランを粛清せよ!」と訴えることとけっしてイコールではない。性的指向によって迫害を受ける可能性がひじょうに高い亡命者を、難民として受け入れる側にこそ同性愛差別が存在するのである。性的指向という「目に見えにくい」「センシティブな」属性ゆえの差別が。

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同性愛難民は、国籍国においては自身の性的指向を(しかも密告という形で!)アウティングされ(*注1)、難民申請先の国では、カムアウトだけでは済まされず、「証拠」を要求される。私的領域にかかわるデリケートな属性を、当人の意思に反して暴露される恐怖と恥辱、告白させられる苦痛と屈辱、申請を却下された驚愕と絶望。自国ではひた隠しにしておいた性的指向が不本意ながら発覚し、申請先にカムアウトしても、「同性愛者である証拠がない(ペガーさんの場合)」「自国に戻っても、自分の性的指向を隠しておけば、迫害を受けることなく平穏に暮らせる(シェイダさんの場合)」(*注2)とされ、難民としての保護が受けられない。同性愛難民は、二重三重に尊厳が損なわれているのである。

(*注1):イラン刑法117条では、「同性愛行為の処刑には四人の証人の証言が必要」とされているが、イランで同性愛の処刑は(1)四人の証言、(2)四回の自白、(3)裁判官の「慣習的な方法」によって実行することができる。また、上原論文 (p10)脚注17において、在米イラン人権問題専門家グダーズ・エグデダーリ氏の「シャリーア(表記ママ)法は人々の日常生活に大きな影響力をもっており、特に都市を離れ地方に行けば行くほどその傾向は強く、家族によって当局に密告される可能性もある」という発言を引用している。

(*注2)シェイダさんの判決の不条理さについては、Daily Bullshit『死ねというのと同じ』を参照のこと。

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では、各国で難民申請を受ける担当窓口にLGBT当事者の審査官を配置させれば、申請者が間違いなく同性愛者であることを見抜けるのか。答えはイエスでもあり、ノーでもある。自らのクィア・コンシャスネス(あえて「性的指向」という表現を採用せず)を職能として活かせるほどのLGBT当事者であれば、非当事者を当事者と間違えることはまずないと考えられるが(同性愛者を騙った虚偽の難民申請に対するセイフティ・ガードにはなりうるか?)、逆に当事者の当事者性を否定・否認するおそれも十分に考えられる。

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卑近な例からその根拠を述べると、わたしの身近にも、「あのひとは“本当の”レズビアンではない」などと、当事者の性的指向を第三者が勝手に判定してみせる言説がしばしば聞かれる。しかも判定者のレズビアン・コンシャスネスが高ければ高いほど、レズビアン定義のハードルがどんどん高くなり、その定義から排斥され周辺化されるレズビアンが多くなっていく(アイデンティティ・ポリティクスが隘路に入り込んでいく)。

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人権団体Human Rights Watch(HRW)のLGBT人権プロジェクト責任者であるスコット・ロング氏は、「私たちはLGBTイラン人たちを、信頼できる事実でサポートしていきたいと思っている」「事実こそがイランにおける人権侵害と戦う武器」「私たちは事実を見極め、我々の活動をどこに向けていくべきかを話し合わなければならない」と語り、事実を把握することの重要性を説く。それは確かにそうだ。そこに反論の余地は一切ない。

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そして、各国の難民受け入れ当局もまた、迫害国と被迫害者に関する事実を把握することの重要性を充分すぎるほど認識しているはずだし、その認識のもとに、申請者が「同性愛者である証拠」を事実として確認すべく職務を遂行している。彼らが慎重な判断を行なうためにこのような姿勢をとっているのなら、非難される筋合いはひとつもない。

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だが、「事実」とはいったいなにか。「誰から見ても明らかなもの」と定義するのであれば、「セクシュアリティという個人の内的事実」は、「事実」とはみなされにくい。それにしてもおかしな話である。異性愛者であることには証拠は求められないが、同性愛者であることには証拠が必要だ。異性愛者であるという内的事実は他者(非異性愛者)の承認を必要としないが、同性愛者であるという内的事実は、他者(異性愛者)の承認を得なければ「事実」として承認されない。これが同性愛差別問題でなくて、いったいなんであろうか。

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また、ひじょうに皮肉なことに、国籍国では当局に通報されないよう、公にはクローゼットとして生活していた同性愛者が、難民申請先では「同性愛者である証拠がない(国籍国で申請者が同性愛者であることを確認されていない)」と言われる。証拠が残らないよう暮らしていたのだから、そんなのあったり前じゃないか! 

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【ミヤマ】ペガー・ケースは「同性愛問題」である(3)

22 問題提起(箇条書き)
●ペガーさんがイランから逃亡した理由はなにか?

彼女がレズビアンでなければ迫害のおそれも亡命の必要もなかった。

→イラン政府をバッシングしたり、法律を変えろと外圧をかけたところで事態は収束しない。

 現状では、政府(現体制)がシャーリア法の改正に動くことはまず考えられない。

 逆に、イラン国内の同性愛者(とその家族)たちへの迫害に拍車をかけかねない。

→「内政干渉するな」という声を聞くが、人権擁護運動はそもそも内政干渉ではないのか?

●イギリス政府がペガーさんの申請を却下した理由はなにか?

「同性愛者であるという証拠がない」

セクシュアリティを示す証拠を要求すること自体、性的多様者(マイノリティ)への人権侵害と考えられる。

23 難民の定義
上原道子さんの平成18年度卒論『同性愛者の難民申請 —UNHCRの認定基準に関する考察—』を参照したまとめ)

●難民の定義
(1951年ジュネーブで採択された難民条約(難民の地位に関する条約)におけるもの)

難民条約第1条A(2)
「[…]人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができない者」

▼「特定の社会的集団」
「似通った背景、習慣又は社会的地位を有する者から成っている」
UNHCR:国連難民高等弁務官事務所発行による通称「難民認定基準ハンドブック」より)

「社会的集団」=アイデンティティ・カテゴリ。解釈はさまざま。

・集団の信念や行為に注目し、他者からの認知を重視する立場。

・集団の特徴の固有性・歴史性に重点を置く立場。

「『特定の社会的集団』とは、迫害のおそれ以外に共通の特性を共有する者、あるいは、社会により一つの集団として認識される者の集団をいう。ここにいう特性とは、多くの場合、生来の、変更不可能な特性若しくはアイデンティティ、良心又は人権の行使の根源をなすものを指す」(UNHCRによる定義)

▼「政治的意見」
・異なる性的指向に関する意見を含む(UNHCRの認定基準)。

・申請者が当局または社会の政策、伝統に批判的で容認されない意見を有していること。

・その意見が当局または社会の関係する派閥に知られていること、知られえたこと。

→UNHCRは、「政治的意見」を理由とする迫害の認定には、意見が既に表明されていることを要件としていない。同性愛者自身に政治的思惑がないとしても、同性愛行為を禁ずる国家または政府の政策上、自身の性的指向を尊重し実行すること自体が処罰の対象になるので、同性愛行為を行ったために迫害を受けるおそれのある申請者は、理論的には「政治的意見」の項目に該当すると考えられる。

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イギリス内務省がペガーさんの難民申請を一度却下した理由は「彼女が同性愛者である証拠がない」というものだったが、「同性愛者である証拠」とは、迫害を受けるおそれのある性的マイノリティの申請者が、国籍国において「特定の社会的集団」に属していたという事実の裏づけがあるかどうか、もしくは迫害を受けるおそれが十分にあると考えられる「政治的意見」の持ち主であるかどうか、ということ。

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また、性的マイノリティが難民の定義に含まれるには、自身の性的志向を尊重し実行したことによって成立するとされる「政治的意見」が、「当局または社会の関係する派閥に知られていること、知られえたこと」(表明)が前提とされているが、同性愛行為を禁ずる国家・政府において性的マイノリティの「政治的意見」を「表明」するということは即逮捕・監禁・処罰につながるため、当局に発覚する前に国外逃亡を実行するケースもありうる。

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上原論文では、「同性愛者であると同時にその地位向上や待遇是正を求めて意見を主張する者のみが、『政治的意見』を有することを理由にした難民認定を得られるだろう」(p10)とあるが、難民と認められるべき<理想の同性愛難民像>というアイデンティティ・カテゴリが、当事者側ではなく認定側によって疎外的に形成され、現実の同性愛難民がそのカテゴリから排斥されるおそれがある。難民もまた階層化していき、「エリート同性愛者(同性愛者であると同時にその地位向上や待遇是正を求めて意見を主張する者)」のみが難民として認定されるのではなかろうか(アイデンティティ・ポリティクスの問題点)。

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【ミヤマ】ペガー・ケースは「同性愛問題」である(2)

12
イラン人同性愛者が難民として初めて認定されたのは1983年のドイツ・ヴィースバーデン行政裁判所にて。同性愛者難民を生み出したのは、同性愛行為に極刑を科す制度を制定した体制国家である。シェイダさんもペガーさんも、そのような国家によって性的指向の違いから迫害を受けそうになったために、難民申請を行ったのだ。なのになぜ、<声>はこれらのケースを「同性愛問題ではない」と排除するのか?

13
それは、「イラン国内にとどまっている同性愛者の仲間(とその家族)たちの安全をはかるため」だという。同国の同性愛者処刑に激しい怒りを感じるひとたちが、対イラン政府バッシング・キャンペーンを起こして当局を刺激すれば、同国内の同性愛者やその家族たちがどんな目に遭わされるかわからないのだ、と<声>は警告する。この警告は正しい。

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だが、残念ながら<声>は二つの問題を混同している。ペガー・ケース(<声>とのあいだの争点はこちらなので、シェイダ・ケースに関しては今後割愛)を「同性愛問題」と同定することは、すなわち「イラン国家体制批判(内政干渉)」につながると考えているらしいのだ。主にダグ・アイルランドの前例を引いて、「同性愛当事者運動は怒りにまかせて暴走し、イランを刺激しかねない」と憂えているようだが、わたしはイラン・バッシングをしたいわけではない。むしろバッシングには関心がない(そういう意味でイランに関心はない。「叩く」ための関心はイランに向ける気がない)。

15
そのことは何度も伝えてきたにもかかわらず、<声>はこれまでの前例から判断して、わたし(ブログ管理人のひとりとして)がイラン・バッシングに暴走するのではないかと懸念している。いったいなにを根拠に、わたしが前例どおりの定型思考行動モデルにハマると想定しているのか、理解しがたい。根拠があるとしても、それはわたしの外側にあるものである(要するに<声>はわたしの言い分など聞いちゃいないのだ)。<声>自身の凝り固まった思考モデルをわたしに投影して、明後日な方向の心配ばかりを向けてくるので、とてもウザい。

16
<声>は何度も執拗に、ペガー・ケースと同性愛問題を切り離させようとしてきた。ペガー・ケースは同性愛の問題ではない、イミグレの問題である、難民申請が通らなくて強制送還させられているひとたちはほかにもたくさんいる、だからこれは同性愛に限った話ではない、むしろ同性愛は関係ない、とさんざん釘を刺されると、天邪鬼のわたしとしては、ならば逆にペガー・ケースから同性愛難民特有の問題を抽出してみようではないか、と思った次第である。

17
「そんなことしてなんになるの?」と<声>は言うだろう。わたしだってあらかじめ答え(結果)を知ったうえで取りかかるわけではない。逆に言えば、「なんになる」かあらかじめわかったうえでとられる人間の行動なんて、どれほどあるだろうか。そして、そのなかでどれほどの行動が想定した結果に到達しただろうか。

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当事者性を排除したがる者には、わたしのやろうとしていることの目的はわからないし、仮にその目的を理解したとしても、他山の石ほどの助けにすらならないだろう。当たり前だ。わたしは当事者性を排除したがる者たちの援助をする気などさらさらないのだから。わたしがペガー・ケースから同性愛難民特有の問題を抽出するのは、わたし自身が想像力によってペガーさんにどれだけ寄り添えるかを確かめてみたいのと、当事者意識を持つひとたちに、この想像力による呼びかけを行ってみたいからだ。

19
改めてもう一度書く。わたしはイラン・バッシングを目指しているわけではない。そして、ペガー・ケースを「同性愛問題」と同定することは、わたしのなかでは「イラン国家体制批判」にはつながらない。この2点を明言したうえで、わたしは、「ペガー・ケースは同性愛問題である」と同定する。

20
そしてまた、「(同性愛行為を刑法で厳しく取り締まる)イランと(同性愛差別の刑法はない)日本は違う」という主張には、「違うけれども違わない」「違いはあるがつながっている」と宣言する。「ペガー・ケースとホモフォビアは関係ない」という主張にはノーと言っておく。

21
同性愛難民認定の問題を、従来の難民認定問題に回収し、埋没させるわけにはいかない。イミグレと同性愛差別が交差した点に、同性愛難民が抱え込まされる困難がある。

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【ミヤマ】ペガー・ケースは「同性愛問題」である(1)


性的指向にかかわるヘイトクライムや、今回のペガー・ケースのように同性愛迫害国からの難民申請案件が話題になると、きまって「同性を愛することは罪なのか?」というヒロイックな嘆きの表現が聞かれる。わたしはこの手の問いにはうんざりしている。


まず、誰に向かって問いかけているかが不明だからだ。電車内で偶然居合わせただけの見知らぬだれかが携帯電話でしゃべっているのを強制的に聞かされる不快さに通じる(電話を手に持っていなければただの独り言にしか聞こえない不快感)。次に、この問いがなんらかの回答を求めているようには思えない(求めているとしたら回答ではなく質問者への同意や共感だろう。反論を予想しているとも、それに対する論理的に有効なレスポンスが用意されているとも思えない)。つまり、疑問形をとった独り言にしか聞こえない。自らの嘆きの声に陶酔するような自己完結性を帯びている。情緒的発言を口にすることで自らを慰撫しているにすぎない、閉じた疑問だ。だから、「同性を愛することは罪なのか?」という問いは無意味である。


もうこの手の常套表現は聞き飽きたから、そろそろ誰かなんかほかのこと言ってくれないかな、と他力本願してもなかなか出てこないので(わたしが知らないだけかもしれないが)、自分で違う言説を起こすことにした。


また、このテキストを書くに至った動機には、ペガー・ケースを端緒としてわたしを憤らせている言説がある。「ペガー・ケースは同性愛問題ではない。セクシュアリティやホモフォビアとは関係ない」とする<声>だ。


わたしは現在、イランに対して感じる怒りよりも、ペガー・ケースと「同性愛問題」を切り離させようと言論圧力をかけてくる<声>に対する怒りのほうが強い。この怒りを正当に表現したい。押さえつけられたくもないし、わたしの思考を強制停止されることによって、この怒りをゆがめられたくもない。怒りの底にあるものをきちんと見つめたい。


<声>よ。おまえに問いたい。おまえはわたしに向かって吐いた「ペガーさんの件は『同性愛問題』ではまったくない」という言葉を、ペガーさん本人に向かって直接言えるのか? わたしは言えない。言いたくない。だからわたしはわたしで、ペガーさんに向けたメッセージとしてこのテキストをしたためることにした。


話を少し戻す。正直に告白すれば、わたしは日本で初めて同性愛者として難民申請したイラン人男性シェイダさんのケースは、オンタイムではその詳細をあまり知らなかった。しかし、今回ペガー・ケースにコミットして、あらためてシェイダさんの裁判事例について参照したが、「自分がかれらの国に生まれていたら、間違いなく死刑か国外逃亡(亡命)だ」と思ったのが、わたしの原点。


「それがどうしたの? 原点だからなに?」と反射的につぶやいた察しの悪いひとは、時間の無駄なのでこの先は読まなくて結構。わたしは当事者意識、当事者主権の観点に立って思考を巡らせているので、当事者意識に欠けるひとたち、あるいは当事者意識を排除しなければ話を先にすすめられないと考えているひとたち(いずれも非当事者とは限らない)の論考には、わたしの考察はまったくなんの役にも立たないであろうことを、あらかじめアナウンスしておく。


イランでは、ホメイニ師による1979年のイラン・イスラム革命によって、民主化を推進していた王政が崩壊して以来、イスラム教聖職者による支配体制がつづいている。イランの刑法は、現体制が国教とするイスラム教シーア派の立場からイスラム法(シャーリア)を解釈して制定されたもの。イラン政府が同性愛行為を刑法で禁じる根拠はイスラム法であり、そこからさらに遡るべき根拠はない。

10(蛇足1)
そもそも、いかなる法にもその正当性・無矛盾性を説明できる最終的絶対的根拠などない(ミュンヒハウゼンのトリレンマ参照)。殺人が罪に問われるのは、殺人罪が刑法に制定されているからだ。殺人そのものを絶対悪とする決め手となる根拠はどこにもない。

11(蛇足2)
冒頭に挙げた不毛な質問にあえて答えるとすると、同性愛が罪に問われるのは、刑法上同性愛を犯罪として罰する制度をもつ国家体制においてのみだ。だからそういう国家体制に対して涙目で「同性を愛することは罪ですか……?」と問えば、「当たり前だろがっ!」で終了。「それがルール(原理)だからだ」という以外に根拠はない。根拠を遡って問うても、遅かれ早かれ「悪いから悪いのだ」「罪だから罪なのだ」というトートロジーにハマりこむのがオチである。

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【ミヤマ】さて、どこから手をつけようか

このブログを開設して10日目となりました。その間、署名のご協力、賛同人としての同意メッセージ、ペガーさんやこのブログへの励ましのメール、コメント、トラックバックをたくさんいただき、たいへん感謝しております。

ただひとつ、引っかかることが。

それは、「レズビアンという理由だけで殺されるなんて!」というご意見。

確かに、今回のケースは同性愛差別が絡んでいます。まったく無関係ではありません。実際、わたしたちは「レズビアン」という身近な共通点から、ペガーさんの支援アクションに身を乗り出しました。それは紛れもない事実です。

しかし、わたしたちが現在訴えているのは、イラン政府へのバッシングではなく、イギリス政府が難民条約(難民の地位に関する条約。1951年に国際連合が採択した国際条約)に反した決裁をおこなおうとしたことに対する抗議です。

難民条約が対象とする難民は、「人種・宗教・国籍・政治的信条などが原因で、自国の政府から迫害を受ける恐れがあるために国外に逃れた者」と定義されています。ペガーさんが難民申請を棄却された理由は、「同性愛者であるという証拠がない」というものでしたが、イギリス政府がその証拠を証拠として承認しなくても、ペガーさんが自国に送り返されれば「迫害を受ける恐れ」は十分にあります。

現・イギリス内務大臣ジャッキー・スミス氏は、ゲイ・フレンドリーな政治家として知られていますが、ペガーさんの申請が却下された当時の大臣はジョン・リード氏(ゴリゴリの強硬派だそうです)で、彼は難民申請を却下された人たちをどんどん自国に送り返すことに一生懸命でした(このあたりの詳細は、以前のエントリでもご紹介した難民申請却下でイランに送還されそうなペガーさんの件、説明(1)難民申請却下でイランに送還されそうなペガーさんの件、説明(2)をお読みください)。

「でも、そもそもはイランが同性愛者を死刑にするからじゃないの?」と疑問をお持ちのかたは、ゲイ・ジャパン・ニュースさんの「コラム:イランに関する論争」をお読みください。とても重要なことが記載されています。


……という具合に、この短いあいだにも、いろいろいろいろ調べたり、いろいろいろいろなかたがたのご意見を拝聴したりして、頭が混乱しつつ、少しずつではありますがわかってきたこと、そして新たな疑問、調べなきゃいけないなあという事柄が出てまいりました。


そんなわけで、とっかかりとして以下の書籍と参考サイトをあげておきます(おすすめ書籍のご紹介ありがとうございます!>Nさま)。いずれもこれから読むものです。本にしてもサイトにしても、玉石混淆の海原に乗り出したばかりですので、信頼できる情報がなんであるのかは、まだわたしにはわかりません(この書籍/サイトが参考になるよ! という情報をぜひお寄せください。コメント欄でもメールでもかまいません)。

読んでわかったこと、そこから派生する疑問などを、「学習メモ」として随時アップしていく予定です。

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■書籍

■サイト
イスラム教はもともとキリスト教よりも同性愛に寛容だったというお話

【参考】西洋における男性同性愛者観の移り変わり

チームS・シェイダさん救援グループ

Wikipedia「イスラーム世界の少年愛」

松岡陽子マックレインのアメリカ報告「差別——この50年(その4)同性愛、宗教」

国連・同性愛差別禁止決議案がイスラム教国によって阻止される(2003年5月)

国連で同性愛アジェンダを進める急進的同性愛者達(2007年8月5日)

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