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イランのゲイカップルのインタビュー(1)

イランクィア協会のサイトに掲載されているゲイカップルのインタビューを、KEIさんが翻訳してくださいました。長文の翻訳作業、本当にありがとうございました。これから何回かに分けて掲載します。

英文はここにあります。
http://www.irqo.net/IRQO/English/pages/090.htm

(以下訳文)

イランのゲイカップル:KamranとKavehへのインタビュー
聞き手:Arsham Parsi
英訳:Solmaz
編集:Ava

自己紹介をお願いします。

 名前はKamranといいます。24歳です。パートナーのKavehは25歳で、二人がつきあって約3年になります。

イランの同性愛者にとっての問題とは何ですか。

 Kaveh:まず第一に、自分たちの問題をまったく議論できないことです。僕たちは性的指向が原因で政府とうまくいっていません。イスラム政府は僕たちを認めず、僕たちは罪あるものとして絞首刑と石内の刑に処せられます。このことに比べれば、その他の問題は些細なことです。
イランでの同性愛者の生活はどういったものでしょうか。

 Kamran:とても簡単です。仕事はできず、楽しみもなく、出かけることもできません。まともな人間じゃないという視線を浴びせられるので、パートナーと出かけることもできません。そういう風に見られるのが苦痛でたまりません。外見的には他の人々と何の違いもないのに差別されるのです。このため僕たちの生活はきわめて困難です。何も間違ったことはしていないと自分では確信しているにもかかわらず、社会的に「正常ではない」と決めつけられる、このこと以上に大きな問題はないと思います。ひどい目に遭わされても、公的機関や警察に訴えることもできません。訴えればもっとひどい目に遭うからです。

同性愛者にとって、家族との問題にはどういったものがありますか。

 Kamran:家族の反応は、世の中の反応とまったく同じです。どんなに近い家族でも、自分たちを受け入れることはあり得ません。同性愛は、家族を含めたイランの人々にとって、認められない問題なのです。いとこやおじたちと同じではないという理由で、家族は僕たちが違う種類の人間だと見なしています。友人や知人と同じではないから、社会的な集まりにも参加することができません。なぜなら僕たちが同性愛者だからです。それが唯一の理由です。僕たちが世の中の人々の中に溶け込もうといくら努力しても、関係ありません。彼ら[親たち]は、自分たちの子どものことですから、僕たちが違うことを常に感じ取ってしまうでしょう。

ご家族は、同性愛者だと知っているのですか。

 Kamran:ええ、僕の家族はかなり昔から知っています。

 Kaveh:僕の家族は理解できないでしょう。年齢や健康の問題で、理解できるような状態ではないので、家族に話をしない方がいいと僕は思っています。その上、もし話したとしても、子どもの遊びにすぎないと考え、まともに取り合ってくれないでしょう。以前に問題が起きたときに、家族が僕とKamranとの関係に興味を示しました。それで彼と自分は親友として一緒に暮らしたいのだと説明しました。彼らは僕たちのことを仲の良い友達だと思っています。でも二人がゲイだということは信じないでしょう。そんなことはおそらく考えても見ないことでしょう。

もしゲイだと告白したら、家族はどんな反応を示すと思いますか。

 Kaveh:僕の家族は、それを認めはするでしょうが、両親はショックで心臓麻痺を起こすと思いますよ。兄ともうまく行かなくなるでしょう。そして確実に、家から追い出されることでしょう。

親が自分の子どもが同性愛者であることを受け入れられないのはなぜだと思いますか。受け入れてもらえるようにするにはどうしたらいいでしょう。最も重要な問題は何だと思いますか。

 Kamran:一番大きな問題は、この国の社会環境だと思います。同性愛に関する自由がすべて認められているヨーロッパにおいても、親が同性愛者である子どもを受け入れることはそれほど一般的なことではなく、受け入れることに困難を覚える家族もあることを、僕は知っています。たとえば、同性愛者が大きな自由を享受している国の1つであるイギリスでも、人々は同性愛者と異性愛者のライフスタイルは違うものだと考え、[同性愛者の関係が]正常な関係だとは見なしていません。イランでは、政府が宗教に立脚しており、他国との関係もきわめて限られたものであるため、問題はもっと大きくなります。法的な障害を取り去ることができれば、同性愛に対する人々の考えも変わるかもしれません。同性愛について議論し、好むと好まざるにかかわらず同性愛者は存在しているのだ、治療によって根絶できる病気とは違うのだ、時間が経てば回復する一時的な気の迷いではないのだと、人々に伝えることもできるようになるかもしれません。女の子に女の子ではなくなれと言ったり、男の子に男の子らしく振る舞ってはいけないと命令することはできません。男性同性愛者に同性愛者でいることをやめろと命じることはできません。男性同性愛者に、「ゲイであることをやめろ。女性と恋愛して結婚しろ」と言っても無駄なのです。僕たちの家族は伝統的な価値観を持っていて、子どもたちも同じようになってほしいと思っています。子どものことより、近所の人や友人が何を言うかの方を気にします。ゲイ男性としての僕は家族にとって、近所の人や地元の物売りよりも価値のない存在なのです。彼らの基準から見た正常な人間になって、他人から「立派な息子さんをお持ちですね」と言われるためなら、僕がどんなに苦しんでも気にしないのです。

 Kaveh:イランにおけるもう1つの問題は、同性愛に関する知識がまったくないことです。自分がゲイであると気づかないで結婚したものの、結婚生活に幸せを感じないことから、自分がゲイであることに気づく人たちもいます。また離婚はしても、自分の同性指向を恐れる人もいます。イラン人家族の中で、知能にハンディキャップのある子どもは、他の兄弟姉妹を差し置いて、全面的なケアを受けます。家族はハンディキャップを神が望まれたことだと受け止め、その子が誰からもひどい扱いをされないように気をつけます。しかし同性愛も神が望まれたことだと、彼らは考えません。同性愛者なのは、女性とつきあったことがなかったから、あるいは性倒錯者だからだと考えているのです。同性愛を社会に存在する自然な出来事とは見なさず、自分から求めて選び取ったものだと考えているのです。僕らは選んで同性愛者になったわけではありません。同性愛者に生まれついたのです。それ以外に答えなんかありません。

 Kamran:僕らの生活の精神面について人々が何も知らない、ということも問題です。同性愛とは同性とセックスすることだけだと思っています。イランの人々の多くは、「同性愛とはセックスだ」と思い、またそう言っています。残念ながら教育のない人々の一部からは、わたしがゲイと「やりたがっている」んだろうと言われます。つまりゲイとは彼らにとって誰とでもセックスをしたがる男娼なのです。

 Kaveh:ゲイに対するこうしたステレオタイプな偏見はどこから来るかというと、ゲイのウェブサイトからだと思います。インターネットで「ゲイ」や「同性愛者」という言葉を検索すると、はだかの男や女の姿や陰部が掲載されているサイトが見つかります。だから人々はゲイとは誰とでもセックスをしたがる連中だと思いこんでしまうのです。
 たとえば、IRCOのサイトにある記事は家族に役立つものなので安心して印刷し、「これを読んで、この問題についての意見を見てほしい」と家族に頼めます。イランには情報源がないからです。それ以外には、インターネットのポルノ・サイトしかありません。人々の同性愛者に対するイメージは、Daneshjou公園で誰かに車に乗せてもらうのを待っている、いつでもセックスのことしか考えていないevakhahar(けばけばしい女装した同性愛者)なのです。

 Kamran:同性愛が病気だと思うなら、立派な職業に就いた多くの仲間がいることを考えてみて下さい。医師、技術者、芸術家、化学者にも多くの同性愛者がいます。同性愛がわいせつな病気であるとしたなら、教養があり、高等教育を受けて社会的にも成功しているこうした人々のことをどう考えればよいでしょうか。成功した企業の管理職にも多くのゲイがいます。彼らが成功したのはなぜでしょう。同性愛者だから病気のはずだとでも? もちろん彼らに何の悪いところもありません。ただ性的指向が異なっているだけなのです。同性愛者は同性愛者として生まれます。環境によって同性愛者になることもあると考える人もいますが、僕はそうは思いません。

(明日以降の次回に続きます…)

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